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『木のお医者さん』その2 [GBA2005ノベル]

  【一】
 ──空に拡がる光化学スモッグ。空高くそびえ立つビル群。空中に浮かぶ巨大スクリーンに映し出される広告。道を行き交う人の波。
 空中に浮かんでいる巨大なスクリーンに、「国民のみなさん。人に優しく、自然に優しいエアカーに乗って、ドライブを楽しみましょう」と大きな文字が映し出されています。文字が消えて、臨海副都心をエアカーでドライブしている若い男女が映し出され、不自然な笑顔で道行く人々に手を振っています。
 エアカーとは、空気を吐き出しながら走る自動車のことです。日本中の自動車メーカーが共同開発したもので、二四〇〇年ころから市場に出回るようになったものです。
 スクリーンの画像が激しく乱れて、広告が砂嵐にかき消され、一人の男が映し出されました。黒ふちの眼鏡にダーク系のスーツ。ニュースキャスターのようです。
 「ええ、たった今、ガソリンカー、ディーゼルカーの乗用を禁止する法案が、ええ、国会で可決されました。ええ、この法案が発効されるのは来月の一日からで、ええ、乗り替えはすべてディーラーの方で、無料で受け付ける、ということです。ええ、繰り返します。たった今……。」
 ニュースを見ていた歩行者の中から、さまざまな声が聞こえます。
 「今さら、そんなことをしても、すべてが手遅れなんだよ。」
 「いや、そんなことはないよ。」
 「じゃあ、日本中の木々の葉が一斉に色を濁らせたのは、日本壊滅のカウントダウンだ、という話は何だったんだ? 国民の恐怖心を利用して、まとめやすくした、とでも言うのかい?」
 「そこまで言わないけれど……。」
 口論をしていた二人の男は、ふと近くに植えてあった木に目を移しました。何故か分かりませんが、自然と目が向けられたのです。
 樹皮は乾燥して、枝は痩せ細っています。葉は枯れ落ちて、夏だというのに、蝉が木にとまって鳴くこともありません。
 この辺りの木々が、こんな様子では、東京の中央にそびえ立つ老木──樹齢二千年以上で、その根は地中深く、日本国土の地盤を支えていると言われている巨大な木──の方は大丈夫かしら……。

 旧型エンジン車乗用禁止法が発効されてから、一年。日本中の木はすべて枯れてしまいました。東京の中央にそびえ立っている老木をたった一本だけ残して。日本の地図からは、森林のマークが除外されてしまい、山や湖を見ても、人々が心やすらぐことはなくなってしまいました。
 春。雪解け水が木々に吸われることなく川へ流れ込むため、河川の氾濫が多発しました。土手沿いの民家は、そのたびに流されたり、呑み込まれたりしました。
 夏。梅雨のために河川が氾濫しました。台風などの暴風雨のために、民家は吹き飛ばされてしまいました。一軒家に住んでいた人々は、次第に大型団地へと引っ越していきました。
 秋。よわい風でも果実がもぎ飛ばされてしまい、農家は収入源を失ってしまいました。農家の人口は激減して、ほとんどの食糧を輸入品で賄うようになりました。
 冬。山に雪が降り積もり、雪崩が多発しました。滑り止めの木々がないために、山周辺の民家が消えていきました。
 一年を通して、様々な災害が発生し、日本の人口は二年前の三分の一に減ってしまいました。すべての災害は、木があれば防げたものばかりでした。

<続く>


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