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『木のお医者さん』その3 [GBA2005ノベル]

  【二】
 日本政府は臨時国会を開き、この現状をどうしたものかと悩んでいました。意見は対立しました。
 「また、植木を始めるべきです。みなさんもニュースなどをご覧になって、知っておられるでしょう。木があれば防げたはずの災害で、どれだけ多くの国民が命を落としたか……。」
 「予算はどこから出すのだ? これ以上、増税することはできんよ。国民も黙ってはいないだろう。」
 「日本を捨てて他の国へ移住する、という選択肢もある。南国の女性はとても魅惑的だそうだし。」
 「やはり、あの予言は当たってしまったのか……。」

 今まで騒いでいた政治家たちが、急に静かになりました。沈黙が部屋を支配しました。しばらくの間、誰も口を開くことができませんでした。
 「あ、あの、ノストラダムスの隠された真実の予言というやつかい。二五五九年に、地球の東の果て、日の昇る国が壊滅する、という……。」
 「でも、予言なんて訳者によって、内容がまるっきり違ってくるじゃないか。」
 最後の方の言葉は、ぶるぶる震えてしまって、はっきりと言い切れませんでした。
 「そんな予言なんて信じているのかい? この万能科学の時代に? 確か、二十世紀末にも似たようなことが起こりましたね。人類滅亡だ、などと騒ぎ立てて。二〇〇〇年になった瞬間に、ショック死による死者が全国各地で相次いだそうだね。結局は、戒め程度のものなのだよ、予言は。」
 議長は、ネクタイを結び正しながら言いました。
 「議題から反れてきていますよ。今は、予言がどうのこうのと話す時ではありません。森林が枯れ、防げたはずの災害で数多くの国民の尊い命が失われている現状を、どうするのか。再び植木をするのか、別の方法で現状を打破するのか。」
 議長の言葉が、部屋中に響きわたりました。一人の地方議員が思いついたように、席を飛び上がるように立ちました。
 「私の村に、一人だけ医者がいます。周りからは『木のお医者さん』と呼ばれ、それはもう、大勢の村民から親しまれている人物です。そのお医者さんに、一本だけ残った老木を診療してもらったらどうでしょう。他の森林が枯れた原因や、現状を打破する方法の手がかりを知ることができるかも知れません。」
 部屋中の国会議員の目が、一人の地方議員に注がれました。議長は、まばらに白毛が目立つ顎髭を、親指と人差し指とで撫でながら、しばらくの間、地方議員の顔を見つめていました。
 「よろしい。古池議員。そのお医者さんを、ただちに東京へ呼び寄せてください。お医者さんの診療の結果が出てから、その後のことを話し合いましょう。以上で、臨時国会を終了します。」
 
 古池は、北海道へ向かう飛行機の中で、軽い溜め息を漏らしました。
 「さて、困ったことになったぞ。お医者さんは私の頼みを聞いて、東京へ来てくれるだろうか。日本の存亡に関わっているんだ。いやでも、出てくることになるだろう……。」 古池は小さな窓から、夕陽に赤く染められた綿菓子のような雲を見ながら、色が白くなるほどに手を握りしめました。

<続く>


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