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『木のお医者さん』その6 [GBA2005ノベル]

  【五】
 木よ。老木よ。どうか、心を開いておくれ。そして、木々が枯れた理由を教えておくれ。枯れた木の治療方法を教えておくれ。さあ、木よ。老木よ。どうか、心を開いておくれ……。
 お医者さんの頭に、低く重苦しい声が聞こえてきました。その声は、周りを囲んでいる人たちの頭の中にも、響きわたりました。

 「何の用事があるのかね、木のお医者さんよ。なんと、枯れた木の治療をしたいだと? ふん。儂らに必要な、お天道様の光も、儂らが吸って浄化できない気体のせいで、遮られてしまい、水も汚染されてしまっては、儂ら木には、枯れるしか道はなかろう。それを治療したいだと? 笑わせおる。片腹ではなく、片幹が痛いわい。」
 古池が、お医者さんの背後から、口をはさみました。
 「ここ数年間、木々で防げたはずの災害で、沢山の人たちが命を落としました。その命を、今までの償いとして……。」
 「まだ足りぬわ。お主ら人間から受けた傷は深く、癒えることがない。ここ日本では、儂が最後の木となってしまった。人間は、この償いをせねばならぬ。しかし、儂ら木と違い、人間は何でも忘れてしまう。ここで、償いの約束をしても、お主らは数年経てば忘れてしまうだろう。忘れさせないためにも、儂の生存のためにも、人間の生き血が必要だ。償いの生き血を儂に与えよ。さすれば、儂の傷も癒えよう。」
 「わ、私は、これからの日本に必要だから、生き血をやることはできないぞ。」
 古池は悲鳴のように叫ぶと、人だかりの中へ姿を消してしまいました。お医者さんは、逃げる古池の後ろ姿を見て、深く溜め息をつきました。視線を老木に戻して、太い幹を見つめながら言いました。
 「一人分では、到底足りないでしょうが、私の血、肉、骨、すべてを償いの証として、差し上げます。その代わり、といってはなんですが、あなたの天寿が尽きるまで日本の地盤を支え、人間の行く末を見守りください。」

 冷たい風が空から吹き降りてきて、葉の少ない老木の枝を、ぎしぎしと揺らしました。風が吹き止むと、医者の足下から老木の根が這い出てきて、医者の体を次々に貫きました。
 根は音を立てるように、お医者さんの体から生き血を吸っています。その音は、周りを囲んでいる人たちの耳に聞こえてくるようでした。人だかりの中の女性や子どもたちは、耳を押さえながら、その場に座り込んでしまうほどでした。お医者さんの顔は、みるみるうちに痩せこけていき、終いには、白衣だけを残して、すべて吸い尽くされてしまいました。
 お医者さんのすべてを吸い尽くした根は、もごもごと地面に潜っていって、何事もなかったように、辺りは静まりかえりました。人だかりの中から、すすり泣きの声が漏れています。

<続く>


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