SSブログ

わたしの恋愛10年物語(18) [GBA2005エッセイ]

同棲してみたら、相手のイイ部分もイヤな部分も全部見えるんですよね。
その全てを受け入れないと、育った環境や習慣が異なる人間が、一つ屋根の下で一緒に暮らすことなんてできないんですよ。
でも、当時のわたしには、そんな器量がなかったんでしょうね。
細かいことが気になって、彼女のイヤな部分ばかりが目について、それが積み重なっていって・・・同棲してから1年半で、わたしから別れ話を持ち出しました。
彼女はそれでも、わたしのことを好きでいてくれました。

彼女の父親から電話があり、「なぜ別れるんだ?」と別れの原因を確認がありました。最終的には、「お前達がそう決めたのであれば、オレは何も言わない」と言っていたような記憶があります。

別れたのだから、二人は別々に暮らさなければならない。
お互い、引っ越し先を探しました。わたしは、現在住んでいる足立区にしました。なんていったって、家賃が安いんですよ。東京都23区のくせして。
まぁ、荒川よりも北に位置している時点で、もう23区じゃないと思うんですけどね(笑)
そして、彼女は彼女自身の実家の近くに部屋を借りました。

わたしは、夏休みに札幌の実家に帰ったんです。
本当だったら、彼女と二人で帰省するはずだったんですけど、飛行機のチケット2枚をキャンセルして、新幹線とか電車のチケットに買い換えたんです。
札幌の実家では大騒ぎですよ。
「なんで、別れたんだ?」
「結婚するって言っていたじゃないか」
「一人の女性を幸せにするくらいの器も持っていなかったのか」

・・・もういいじゃないか。放っておいてくれよ。
そんな時、いまは亡き叔父が、車で送ってくれている最中に話してくれたんです。
「おれがアル中になって、病院に強制的に入院させられていたとき、牧師さんに聞いたんだよ。『愛って、何ですか?』って。そしたら、牧師さんは、『愛とは、許すことです』って即答したんだよ。同じ質問を、今度はお坊さんにしてみたんだよ。そしたら、しばらく考えた後、『愛とは、受け入れることです』という答えが返ってきたんだよ。
「おれ、何度もアル中になっては強制入院させられて、出ては入ってを繰り返して5年くらいダメダメだっただろう? それだから、妻に『もう離婚してもいいぞ』って言ったんだよ。そしたら、妻は『どんなにダメな男でも、娘の父親はあなたしかいないのよ。だから離婚しないわ』って言われたんだ。これこそが愛なんだなって思ったよ」
この言葉には、考えさせられました。

彼女を一方的に振ったわたし。
彼女のイヤな部分ばかりに目がいっていたけど、その部分も含めて『彼女』なんだと気付きました。そして、じぶんと相手との違いを受け入れることも必要なんだということを、改めて思いましたね。
彼女と同棲しているときは、意見が衝突したときは、とことん話し合って、双方が合意できる点を見出すようにしていたんですよ。
それはそれで、正解だっただなーって思いました。
でも、相手を許すことができていなかったんですね。

わたしは彼女と再びヨリを戻そうと考え始めていました。
そのまま東京へ戻ってから、引っ越す前の彼女とキスをしました。
なぜか彼女が愛おしく感じたのです。
でも、「別れる」と言って、彼女の父親にまで言ってしまった手前、すぐさま前言撤回してヨリを戻す勇気がなかったんですよ。

そのまま彼女は彼女自身の実家の近くへ引っ越して、わたしは足立区へ引っ越し。
彼女は、別れた後もまだわたしのことを好きでいてくれていました。
わたしの引っ越しを手伝ってくれたりもしました。

「果たして、このまま別れたままの状態で良いのだろうか?」
そんな疑問がわたしの頭の中をグルグルと回るようになりました。

 


<続く>

 


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:GBA2005エッセイ

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。