「ヤバい」という日本語について [日記・雑感]
この「ヤバい」という日本語が耳につき始めたのは、ここ最近のことである。
あるテレビ番組で、高校生が料理をしていて、自分の作った料理を味見した際に「ヤバい。ヤバいくらい、うまい」と言っていた。
・・・「ヤバいくらい、うまい」?
はて、自分が作った料理がうまいと、ヤバいのだろうか?
いや、ヤバくはないハズだ。
だって、うまい料理を作るべくして、作ったのだから。
何が、どうヤバいのか?
それは、分からない。
・・・分からない時点で、私はすでにオジサンなのかも知れない。
この「ヤバい」という言葉は、比較的年齢の若い人たちが使っている感じがする。
でも私と同じ世代(正確に言うと1コ上)のイチローが、WBC優勝後の記者会見で「ヤバいですね。最高のチームです。」などと言っていた。
ここでも私は、何がどうヤバいのか、理解できなかった。
最高のチームの、何がヤバいのか?
・・・
日本語はという言葉(日本語に限った話ではないかもしれないが)は、生き物のようにその形を変えている。
新しい言葉ができたり、既存の言葉を新しい解釈で使用したり。
ただ、それだけのことなんだろうけど、私には「ヤバい」という日本語に、何かしらの抵抗を感じてしまうのだ。
おっと、こんなことを論じている場合ではない。
私にはCCNA受験&一発合格という課題があるのだ。
4/22に試験日が迫っているのだから、私も相当ヤバいのだ。
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