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自作短編小説『悪魔』 [自作小説]

十年くらい前のことだろうか・・・。わたしは、某大手新聞社に常駐し、新聞記事をホストコンピュータから呼び出し、新聞社の社員(かつて第一線で働いていた記者)の指示により記事を加工して、配信する順番をつける仕事をしていました。
そのころ、ものすごく慕っていた(わたしが一方的に慕っていただけ)社員の人に影響され、小説を書く様になりました。いつしか、小説家を目指すくらいに。
今では、小説のネタが降ってこなくなり、まったく書かなくなりましたが、当時は面白いくらいに小説のネタが次から次へと降ってきた(または湧いてきた)ものでした。
この短編小説は、純文学をあさる様に読んでいた頃、寝る前に芥川龍之介の「悪魔と煙草」という作品を読んで、目覚めたときに浮かんだものです。
そんな自作小説の中から、少しずつ載せていこうと思います。読後の感想など頂けると、幸いです。

題名 『悪魔』

 ふと目が覚めた。
 まだ窓の外は、月の光が静かに路面を照らしていた。何故、こんなに早く目が覚めてしまったのだろうと、ぼんやり天井を見上げながら考えていた。
 ぼくの視界に突然、顔が飛び込んできた。
 驚いて、布団をはねのけて、ベッドの上に身を屈めた。ぼくの眠りを妨げたのも、顔を覗き込んできたのも、こいつ──悪魔だったんだ。
 ぼくは相手に飛びかかった。ぼくが上になったり、相手が上になったりと、ごろごろ床の上を転がり回った。フローリングの床に、肩や肘などの骨が当たる音だけが、部屋中に響く。
 この音が下の部屋に全部響いていて、住人に迷惑をかけてしまう、などという心配事は一切浮かばなかった。それどころではなかった。
 気が付いたら、ぼくは相手の両肩を膝で抑え込む格好になっていた。すぐさま、古新聞を縛る長いビニールの紐で、相手の体を縛り付けた。両手を背中に廻し手首で縛り、両足首も縛った。相手は体育座りの格好になった。
 ぼくの眠りを妨げ、これからも悪さをするであろう、この悪魔を、どうしたものかと睨み付けた。頭には、もじゃもじゃの髪の毛と、山羊のような角が二本生えていた。目はつり上がっていて、爛々と光を放っていた。口は耳元まで裂けていて、まるで地獄の業火を吐き出すのでは、と思わせるほど赤かった。歯は黄色く濁っていて、犬歯がやけに長く尖っていた。背中には蝙蝠のような翼が二枚生えていた。
 見るからに悪魔だった。中世の絵画から飛び出してきたと思わせるほど、絵に描いたような格好をした悪魔だった。
 ぼくは相手を見ていると、急に苛立ってきた。心地よい眠りを妨害されたからかもしれない。いや、それだけではないはずだ。相手の美しくない、デッサンのくずれた容姿を見るだけで不快を感じた。体中の皮膚から放たれている、鼻が歪む程の異臭も、さらにぼくを不快にさせた。
 「何をしに来た。ここで何をやっていたんだ。答えろ!」
 ぼくは言い放つと同時に、相手の足を蹴った。相手は苦痛に顔を歪めた。必死に体の自由を取り戻そうともがいた。返事がなかったので、ぼくはもう一度蹴りつけた。
 「別に……。何もしていない」
 ようやく口を開いたと思ったら、いきなり、ぼくの自分に対する態度に不平をもらし始めた。
 「おれはお前に何もしていないのに、何故、このような格好を強いられなければならないのだ!? お前に何か不都合なことをしたとでもいうのか?」
 ぼくは急に、自分が何かいけないことをしているように思えてきた。たしかに相手が何もしていない。ぼくの安眠を妨げたというのも、ただの推測であって事実ではない。ただの断定である。ぼくは心の中に、今までの自分の行動の理由を探した。
 「それは、お前が悪魔で、このぼくにとって『招かれざる客』だからだ。そのまま放っておいたら、何かしら、ぼくに悪さをするだろうと思ったから、お前を縛ったのさ」
 ぼくの答えを聞いて、相手はニヤリと笑った。
 「お前はいつもそうだ。見かけだけで相手を判断するんだ。おれが悪魔の格好をしているというだけで、おれが悪魔だと思いこんでいる。なかみを確かめもしないでな」

 悪魔の説教は続いた。
 「おまえは自分が幸福になるためだったら、他人が不幸になろうと構わないやつだ。口先だけで同情しておいて、心の奥底では、そいつのことをあざ笑っているのさ。自分に不都合なことや、不幸なことが起こるのを、必死に防ごうとする。また、起こっても、それほど痛くもないフリをする。そして、自分に起こったのと同じ不幸が、他の誰かに起こるまで、気が済まないんだ。それが起こったら、気が晴れるのさ。それから、足ることを知らないから、さらに幸福になろうとする。さらに裕福になろうとする。そうだろう? 金はいくらあっても足りないし、やりたいことに使いたい時間も足りないと思っている。みんなの上に平等に流れている『時』でさえも、お前はもっと、もっと、と欲しがっているんだ。心の中はどす黒いし、強欲だし、偏屈だし、淫乱だし、見栄っ張りだし……。本当は、お前が悪魔なんじゃないのか?」
 「何を! 悪魔のくせに説教するな!」
 ぼくは近くに置いてあった、裁縫用のハサミを手にとって相手の体に突き立てた。耳に入ってこようとする、相手の悲鳴をかき消さんばかりに、刺し続けた。何度、ハサミで刺したか数えられないほど、相手を刺した。
 血塗れで床の上に横たわっている相手は、ぼくの顔を見上げて、口元を歪めて笑った。 「これが本当のお前なんだ。いつも自分が正しいと思いこんでいる。だから、相手が間違っていると判断したら、今みたいに攻撃するんだ」
 「うるさい!」
 ぼくは渾身の力をこめて、相手の心臓にハサミを突き立てた。相手は口から真っ赤な血を吐きだし、体をピクピクとけいれんさせた。が、しまいにぐったりとして体を動かさなくなった。
 「悪魔のくせに、ぼくに説教するからだ」
 ぼくは、動かなくなった体をひっくり返した。──それは、ぼくの父親だった。
 両手を後ろで縛られ、両足も縛られて、全身血だらけになって、ピクリとも動かない父親の変わり果てた体を見ていると、全身の力が、頭の先の方から足の裏の方へ抜けていった。
 ぼんやりと父親の顔を見た。表情は苦痛に歪み、口は大きく開いていて、今にも叫び声が聞こえてくるようだった。両目は見開かれていて、じっとぼくの方を睨み付けていた。 頭の遠くの方で、悪魔の声が聞こえてきた。
 「お前がやったんだ。お前が……」

<了>


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